cinkenzi

掌編小説

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タカシ

タカシは目的もなく、ただ、街を歩いた。
直子と何度もデートした街。クリスマスに向け、いたるところに煌びやかに飾られたイルミネーション。
今は、全てのものが色あせてみえる。

ビルの角を曲がった空き地に、見たことのない建物があった。
終戦直後のバラック小屋のように、屋根も壁も青いトタンが打ち付けられている。
入り口に、玄ちゃんラーメンという暖簾がさがっていた。
何故か、引き込まれるように中に入った。

「いらっしゃっせー!」
スキンヘッドのオヤジが1人。客はいない。
テーブル席は無く、カウンターだけの狭い店だった。

「醤油ラーメン1つ」
「あいよ」

席に座り、タバコに火をつけた。

一ヶ月前。
「・・もう別れて」
そう言い残し、直子は僕の元から去っていった。
何も言えなかった。
行くなよ・・・。本当は叫びたかった。
みじめな男になりたくなかった。


「はい、おまちどー、醤油ラーメン!」

早い。注文してから30秒しか経っていない。
スープを飲んだ。 
・・ぬるいっ! 赤子の離乳食並み。味は醤油そのもの。
タカシは、これは何かの手違いだろうと、訴えるようにオヤジの顔をじっと見た。

「どうだ、スープ旨いだろう?」
カウンターから身を乗り出し、ご満悦な笑顔でオヤジは言った。

・・スープ?何がスープだ。これって、醤油と水だけだろ?
言えなかった。オヤジの笑顔に圧倒された。
「え、ええ、まぁ旨いっす」

「そうか、じゃぁ次、麺食べてみな」

麺をすすった。
・・まじいっ! こ、粉っぺー! 
小麦粉そのものだよ。口の中でパサパサするよ。

「どうだ?旨いか?」 

・・旨いかだって? 
これじゃ、家畜も食わないね。 ・・言わなかった。
「ええ、でもちょっと、コシがないかな、なんて」

突然、オヤジの笑顔が消えた。
猛禽を思わせる鋭い目つきに豹変した。

「ほう、貴様は俺のラーメンにケチつける気か?」

カウンター越しから、オヤジの顔がどんどん接近してくる。
オヤジのシャツの襟首から、チラリと絵が見えた。
よく見ると、オヤジには両手の小指がなかった。

「い、いえ、そうじゃなくて、すごいっ!
この、歯もいらない柔らかさ!噛めば噛むほど団子のように、最後はゴクンとしっかりした喉ごし、 これはまさに麺のトリプルアクセルっすね!」

「そうか。分かってくれれば、それでいいんだ」 


ヤクザなオヤジに激マズラーメン。この状況は、軽くヤバい。
「あたたっ、腹がっ。 いやぁ今朝から下痢気味でしてね、ええ。ご馳走様でした」

「おい。 テメェ、俺のラーメン残すつもりか? お?」

タカシは逃げるように店を出た。 走った。

「貴様ァァー! 絶対に許さん!」
オヤジが鬼の形相で追いかけてくる。


待ち伏せて、レンガで殴りつけた。

「いいかっ、お前のラーメンはこの世のものとは思えないほど不味いんだよ!」
ついに本当のことを言った。 

タカシは全速で走った。走りながら直子のことを考えた。

何故、あの時、言えなかったのか。本当の気持ちを!!
・・まだ、間に合うだろうか?

オヤジのおかげで、何だか勇気が出てきた。
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